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2025.09.24 更新

奈良漬けに思う[2]

 私は先日、奈良に行き、おしゃれなレストランで夕飯を食べた。たまにはおしゃれな店にも入るのである。どのお料理もおいしかったのだが、一番最初に「軽いおつまみ」として出てきたのが、「奈良漬けのどろどろした部分とクリームチーズを混ぜたものが載った、ちっちゃなタルト」だった。てっぺんには細かく刻んだ奈良漬け本体も載っていた。

 これが大変美味で、お酒がぐいぐい進んだ。風の噂で、クリームチーズと奈良漬けは合うと聞いたことがあったが、ほんとだわ~。今度機会があったら、自宅でも試してみよう。この組みあわせを最初に考えついたひと、天才だなと感じ入る。

 奈良漬けに欠けているのはしょっぱさで、「漬物なのに?」と脳が混乱する要因だと個人的には思うのだが、クリームチーズの塩気で補われるうえに、酒粕(酒の香り)とチーズという運命と言うほかない出会い。さらに、クリーム感と奈良漬けのまろやかな甘みまでもが互いを惹き立てあって、きみたちもう離れられない一対だよ。刻んだ奈良漬けの食感もアクセントになり、パンチの利いたカップルだ。

 なにを言ってるのかわからなくなってきたが、とにかく最高だった。強さと強さの出会いなので、ちっちゃなタルト生地に収めているのが、ちょうどいい塩梅である。

 なるほどなあ、互いにない要素を補いあう、という観点で具材の組みあわせを考えると、思いがけない飛翔が生まれるんだなあ。と、半世紀も生きてやっと気がついてるようだから、私には料理のセンスがないのだな。そしてまた、一度も結婚してないのも、「互いにない要素を補いあう」という発想の欠如が理由のような気がしてきたが、それはまあいい。補いあうのは、べつにパートナーにかぎったことではなく、友人や仕事相手ともできるだろう。あたしは家では一人でのびのびしたい派だ。

 この頑なさが、自作の料理の硬直ぶりにも表れているような⋯⋯。奈良漬け&クリームチーズがおいしかったがゆえに、ついつい自身の来し方行く末にまで思いを馳せてしまったことだ。酒が進んだので、そのうち「まあいっか、でへへ」となったのだが。

 このいいかげんさが、自作の料理の味がぼやける一因でもある。

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『天国旅行』『墨のゆらめき』『ゆびさきに魔法』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『しんがりで寝ています』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之

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