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三浦しをん「なにごとも腹八分目」

2024.07.19 更新

 そういえば今年の春、「神田カレーマイスター会議」にお邪魔した。この会議に出席できるのは、カレー好きの猛者ばかりである。

 毎年、「神田カレー街食べ歩きスタンプラリー」が開催されており、十周年となる二〇二三年は、百四十二店舗が名を連ねた。四カ月半の期間中に、カレー猛者は参加店舗のカレーを堪能しつつ、スタンプを集めてまわる。コースは五つに分かれており、一コースあたり、だいたい三十軒だ。

 スタンプラリーの終了後、年が変わって春になると、「神田カレーマイスター会議」が開かれる。会議への参加資格を得るためには、最低でも一コースぶんのスタンプを集める必要がある。四日に一度ぐらい、カレーを食べにいかないとまにあわない計算で、これはかなりハードルが高いのではないかと思ったのだが⋯⋯。なんと、条件をクリアしたひとが八百三十七人。さらに驚くべきことに、全店制覇したひとも百二十七人いるそうなのだった。猛者たちの猛者ぶりをナメていた。尋常ではないカレーへの情熱⋯⋯!

 そのなかから、日程の都合がつくかたが会議に出席していたのだが、会場はおおにぎわいで、みなさん、カレーについて真剣かつ楽しそうに語りあっている。立食パーティーに移行してからも、健啖ぶりを発揮しながら、なおもカレー談義に花を咲かせ、親睦を深める。ちなみに、私の記憶ちがいでなければ、立食のメニューにカレーはないようだった。やはりカレーを提供しても、生半可な覚悟では猛者たちを満足させられないだろうという、会場側の判断なのか?(カレーはなかった気がするが、お料理はどれもおいしかった)

 ところで私は、カレーはまあ人並みに好きだが、食べ歩きをしたことはない。自宅でカレーを作るときも、なんのこだわりもなく市販のルーを使い、余った食材を適当に鍋にぶちこんで、「おいしいなー」と呑気に思っている派だ。つまり、カレーのド素人。

 こんな腑抜けた人間が、なぜ、カレー界の猛者がつどう会議に紛れこめたのかというと、友人のフリーアナウンサー、内藤裕子さんに誘われたからだ。内藤さんもまた、どうかしているカレー好きで、『内藤裕子のカレー一直線!!』(池田書店)というレシピ本まで出している。分量などがわかりやすく、いろんなカレーをおいしく手軽に作れるので、まじでおすすめの本だ。そういうわけで、内藤さんはトークショーのゲストとして、会議にお呼ばれしていた。

「しをんちゃんも、トークショーの対談相手として登壇して」
「えっ!? でも私、カレーのことをなにも知らないよ?」
「大丈夫、大丈夫!」
という次第で、ド素人の私も会議に出席できることになったのだ。

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之