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連載エッセイ

三浦しをん「なにごとも腹八分目」

2024.05.20 更新

 こんにちは、はじめまして。

 この連載エッセイでは、「食」にまつわるあれこれを書いていきたいなと思っています。しかし私は、食べるのは大好きだけど、食事の質については無頓着。冷凍のタコ焼きを連日食べても、飽きることなく「おいしいな~」と思う派なので、結局は「食」にまつわらないエッセイになる可能性も大です。

 どうぞよろしくお願いします。

 

 突然だが、おいしい料理を食べると悲しい気持ちになる。

 いや、自宅で一人、冷凍のタコ焼きを食べてるときは、悲しくもなんともなく、単純に「おいしいな~」と思っている。しかし、たとえば親しいひとたちと、ちょっといいレストランに行って、楽しくおしゃべりしながら、とてもおいしい洒落た料理を食べているとき、そこはかとなく悲しい気持ちになることがあるのだ。

 おいしい料理で舌も腹も満たされ、リラックスできる相手と楽しく会話して、心地よい充足と刺激を感じている。一言で言えば、「ものすごく幸せな状態」だ。にもかかわらず、ぼんやりとさびしく悲しい気持ちが胸をよぎる。これはいったいなんなのだろう、脳のバグだろうか、と不思議だ。

 いったいなぜ、この脳のバグが生じるのか、悲しみを覚えた瞬間の自身の思考を検証してみた。すると、私は概ね、以下のようなことを考えているのだとわかった。

 

 一、おいしい料理を永遠には食べつづけられず、楽しい時間ももうすぐ終わっちゃうんだなあ。諸行無常。

 二、こんなにおいしくて楽しい時間があるものなんだなあ。あのひと(亡くなっていたり、もう会えなくなってしまったひとを思い浮かべることが多い)を、このお店に連れてきたら、どんなに喜んでくれただろう。でも、いまとなっては、それもできない。諸行無常。

 三、世界には、おいしくないご飯ですら食うや食わずの、大変な状況に置かれたひとが大勢いる。いや、そこまで大きく振りかぶらずとも、もっと身近にだって、さまざまな悩みや苦しみを抱えたひとが確実にいる。にもかかわらず、私は呑気に飯を食って、げらげら笑いながらくっちゃべっている場合なのだろうか? まあ、食べるししゃべるんだけども。諸行無常(?)。

 

 私は平家の落ち武者かなにかなのか。なんでそんなに諸行無常を感じまくってるんだ、いいから集中して飯を食え。

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之