仕事で仙台に行った。
昼ごろに到着し、事前に「ここがおいしいですよ」と教えてもらっていた牛タン屋さんに直行したところ、店のまえから階段まで長蛇の列ができていた。こりゃあかん。〇・五秒で牛タンを断念し、近くの焼肉屋さんに入る。
昼から焼肉。しかしまあ、牛タンの親戚のようなものだからいいだろう。その焼肉屋さんは、カウンター席に一人ぶんずつ仕切りがあり、一人で思うぞんぶん肉を焼いたり、焼肉定食をかっこんだりできるようになっていた。
そういうつくりの焼肉屋さんがあると、話には聞いていたが、実際に遭遇するのははじめてで、少々テンションが上がる。その結果、昼からいろんな部位の肉を一人でせっせと焼き、ご飯とともにたいらげてしまった。ふう、満腹だ。
私は、ファミリーがわいわいと楽しく焼肉に興じるテーブルの隣で、一人黙々と肉を焼くことになんら躊躇を覚えない派なので、これまで一人焼肉の店をチェックしてこなかった。だがもしかしたら、「あのひと、一人で焼肉屋に来てる⋯⋯。しかも大量に肉食べてる⋯⋯」と、ファミリーのほうを怯えさせてしまっていたかもしれず、それは申し訳ないので、今後は一人焼肉の店も視野に入れていこうと思ったのだった。
仙台での所用を終え、夜は仕事相手のかたたちと、大勢で居酒屋さんに行った。そこの売りは、冬期は「痛風鍋」である。カキ、白子、あん肝がみっちり入った、おそろしい鍋なのだ。
おそろしさの内実は、「たしかにこれは、痛風になってもいいと思えるほどおいしい」ということで、箸が止まらなくなる。大勢で行って、お椀一杯ずつぐらい食べるのがちょうどいいと思う。この鍋を二人で分けあって食べたりしたら、おいしさの代償に、ほんとに痛風になってしまいそうだ。
カキのエキスが白子に染み染みになり、そこに風味とアクセントを添えるあん肝。ううむ、天国の味わい⋯⋯(しかし食べすぎると、待ち受けるのは地獄)。こんな罪深い鍋を考案したのは、だれなんだろうか。相当の食いしん坊のはずだ。締めの雑炊までおいしくいただいた。
翌朝、おそるおそる起床したが、まだ痛風は発症していないようだった。あと何回食べられるか、痛風鍋⋯⋯。リミッターいっぱいまで花粉を摂取したら花粉症になる、みたいなチキンレースを、鍋と繰り広げている気持ちになる。
だれが考案したかわからないが、おいしい食べもののもうひとつが、「くじら餅」だ。今回の出張で、私は仙台のあとに山形にも行ったのだが、行くたびに「くじら餅」を買って帰る。
黒っぽくて、羊羹のように四角い形状の餅で、みたらし団子のような味がする。食べるときは切って、オーブントースターなどで軽く炙ると、ほかほかかつもっちもちの食感で、大変おいしい。ほのかな甘みがやみつきになる。日持ちもするので、一日に一切れずつ切って、炙って、もにゅもにゅと味わっている。
なんで「くじら」なのかなあと、パッケージの裏側の⋯[続きを読む]
著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏
1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『天国旅行』『墨のゆらめき』『ゆびさきに魔法』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『しんがりで寝ています』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之




