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2026.05.20 更新

残酷調理[2]

 私は深い水のなかにいる。水面のほうを見上げると、白い光が差していて、大きなハンバーグのタネがつぎつぎと水中に投じられてくるではないか。ハンバーグは私のまわりを通過し、もっともっと深い場所へ沈んでいく。細かい気泡をまとわりつかせている。

 これ、水じゃない。油だ⋯⋯! 私は油がいっぱいの超巨大な寸胴鍋のようなもののなかにいて、そこにハンバーグのタネがつぎつぎに投げこまれているのだ。ということは、私もハンバーグなのか? メンチカツでもコロッケでもなく、ハンバーグを揚げるの?

 揚げハンバーグとは聞いたことがないが、とにかく私はハンバーグとなり、煮えたぎる油のなかにいるのだった。

 ハッと目が覚め、いま見た夢について考える。やはり、へし折られたパスタの怨念だろう。「おまえも理不尽な調理を体験してみろ」ということだろう。しかしパスタよ、私はもう後戻りはしない。きみたちはせいぜい、寸胴鍋に残った大量の油を、泣きながら処理するといい。私はパスタをへし折ることで、小さなフライパンを洗えばいいだけの身になったのだ。吾輩の勝利だ。

 今日もメリメリボキボキとパスタを折っている。しかしどうやら私は心の片隅で、パスタに対して罪悪感を覚えているらしいのだ。この問題を解決するには⋯⋯、そうだ、ショートパスタにすればいいんだ。今度買ってこよう。

 やはりワンパン調理の手軽さに勝るものはないのであった。

痛風鍋

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『天国旅行』『墨のゆらめき』『ゆびさきに魔法』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『しんがりで寝ています』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之

地中海世界の歴史8