だいたい吉祥寺に住まう

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2026.03.26 更新

高遠の桜

長野県高遠町の桜が素晴らしい、という話を聞いたのは10数年前のことです。ソメイヨシノよりも花の色はピンクが濃く、そして花そのものが小ぶりだという。開花時期には、高遠にある城址公園を中心にライトアップもされ、それが見事だし近くに良い宿もあるという話でした。調べてみると、その桜は高遠でしか見ることのできない「タカトオコヒガンザクラ」という品種です。
桜の名所である話を初めて聞いた頃には、高遠という地名に馴染みがなく、桜だけを見るために泊まりがけで遠くに行くのも自分の好みではないので、ぼんやりと記憶していた程度でした。そして高遠は交通のアクセスが悪いので、たぶん行くことはなさそうだなあという気持ちもどこかにありました。

2020年春くらいから本格的なコロナ禍に突入し、マスクが買えないとか、コロナ感染による死者が増え、ワクチンはいつ打つのかなど、感染症に怯えながら日常生活を何とか送っていく日々が世界の共通の認識になっていったのは周知の通りです。今思うと、ずいぶん遠い昔のような気持ちにもなります。
その後コロナ禍2年目の春に、政府の施策GoToトラベルの助成も後押しになり、ふと高遠へ桜を見に行くことを思いつきました。どこか知らないところに行ってみたいという気持ちと、見たことがない桜を見るのも良いし、だったらコロナ禍のせいで観光地が空いているかもしれない時が良いかもしれないという憶測もありました。

さて、前に教えてもらった旅館は満室で予約は取れず、隣町のビジネスホテルに宿を取りました。食事のために町なかに行くときに、タクシーを利用したところ、雑談はどうしてもコロナの話になってしまいます。
観光らしいものは春先の桜しかなく、観光客が一気に減った町の雰囲気は、鬱屈したものがあるのでしょうか。どうも「東京」はとんでもなくパンデミックな状態で、そこから観光客は来ないで欲しいと高齢に見える運転手さんが熱く語っていました。当然、私が東京から来た話はその時点でできなくなります。そして、コロナに対する恐怖心はずっと住民の心を締め付けていて、約1年前に家族からコロナ患者が出た家は、周囲の無言の圧力に耐えられず引越ししたと笑って話をしていました。これは、きっと高遠だからの話ではなく、噂やメディアの発信を一部切り取って受け取る情報が、場合によっては刃物のような危険なものにもなりかねないのだなあと、知らない町でリアルに感じた一瞬でした。引越しまですることになった家族は、その後どうして暮らしていっただろうかと、考えても答えが出ないことが頭をよぎったことを覚えています。

そんな思いがけないショッキングな話もありましたが、高遠の桜は確かにちょっぴり色が濃く、そして花も可憐で、わざわざ足を運んだ甲斐がありました。ただし、その年のライトアップは中止されており残念でした。
もう少し地域の歴史を勉強してから、いつかまた桜の季節に行ってみたいと思いつつ、そのためにも平和は続いて欲しいよなあと、この所のキナくさい日常の中で、あらためて思うのでした。

2026.3.26(M)

地中海世界の歴史8