東京で桜の情報が人々の口にのぼりはじめる頃、北海道の山並みは主脈はまだ雪が張りついている。そして開花が話題になりはじめて、ようやく野っ原の雪も消え、一面にしょぼくれた枯草の張りついた地表が姿を現わす。いかにも冬の終りの状景である。
気づくと、そうした草地に数頭のエゾジカが、ときには数十頭の群がそちこちで溶け出した地表に鼻を突っこんで、芽を出しはじめたばかりの春草を食んでいる。その光景を珍しげに眺めている人間どもに気づくと、彼等もまた顔を上げて動きを止め、こちらに注目する。冬に産まれた人形のような仔鹿だけが、遠くに視線を集中して動かない親鹿の周辺を、何の警戒も無しにまとわり歩く。
放牧地とはいえ、さすがに馬の放牧時には彼等も大方姿を見せないが、場所によってはどちらが主役か判らないこともあるのだ。
広く青い大空のもと、単彩の雪原も綺麗だが、表土に命のはじまりが満ちてきて、そこに屯っている春鹿の光景もまた、失いたくない地上の春の情景であることを実感するのである。
高田則雄

北海道・春の鹿




