2026.09.24 更新
サミュエル・ベケット 著 安堂信也、高橋康也 訳
白水Uブックス 2013
1969年にノーベル文学賞を受賞したサミュエル・ベケット。その戯曲『ゴドーを待ちながら』は、劇中にドラマティックなことが何も起こらない。ドラマティックどころか、ほぼ何も起こらないと言ってもいいくらいだ。
意味ありげなタイトルに記されたゴドーを待つ、ウラジミールとエストラゴンという若くはない浮浪者のような2人の対話で物語は進んでいく。場所は、木が一本目印のようにはえてる田舎の道だ。そこで2人はたわいのなさそうな会話を続け、時折ゴドーを待っていることを思い出す。会話の中から2人は長い付き合いのようだが、離れたいと思う気持ちもどこかありそうだ。生きてきたことにうんざりしているような言葉と裏腹に、ふざけた会話で面白がる時もある。
2人のところに、ポッツォとラッキーという資本家とまるで奴隷のような関係の2人が現れて、これまた、さほど意味のない会話が一緒になされる。
登場人物に、少年が追加され、ゴドーは今日は来ないなどと、ウラジミール達に伝える。まるでゴドーを待っている彼らが、そこに存在することをゴドーが知っているかのような会話だ。
ゴドーとは誰なのか、それは明かされない。多くの人が思いつくようにGodかもしれない。それに伴い明日に向き合えという啓示や、生きろという啓示かもしれない。しかし作中にはゴドーが何者なのか答えは出てこない。
2幕で成るこの戯曲は、不思議な味わいのある作品だ。
本作はフランスでは1952年に出版され、そこからフランス、イギリス、アメリカと上演され、世界に広まっていった。日本では記録によれば1960年の文学座で上演されて以来、違う劇団で何度も上演されている作品である。
まだ上演作品を実際に鑑賞する体験をしたことがないが、機会があれば絶対に観たい作品である。そんな機会を待ちながら、私もゴドーを待っているのだろう。
2026.9.20(M)






