一見すると不思議なタイトルだ。下垣内(しもごうち)教授は、江戸を専門とする学者か何かなのか、しかし本の帯には「俺は人を斬ろうとしたことがあるんだよ」という穏やかでない言葉が記されている。
ページをめくると、昭和5年の新聞記者によるプロローグから始まり、読む側は「あれれ、江戸時代じゃないのかな」と軽く肩透かしを喰らいながら、下垣内教授との出会いへと誘われる。
そして舞台は武士がいた終わりの江戸から明治の時代、農村でどのような変革が起こっていったのかを背景に、幕府は農民とりわけ豪農と言われる立場をどのように扱っていたのかなど、下垣内家の兄弟を軸にして、時代を透けて見せてくれる。
次男として、教育のために生家から離れて何年もの間江戸で剣や学問を学んできた主人公・邦雄。生家の多摩から離れて暮らす間に、時代は変わり、農民が武力を持って混乱時に戦わなければいけない事態になっていた。温和で殺傷とは無縁そうに見えた長兄も、人を殺めなければいけないような状況のようで、江戸で生活していた弟は、生家の周辺を現状把握をするためにあちこちに足を運んで、時代がどのように変わってきたのか、そして周囲の農民を率いる下垣内家として望まれる対処はどうなのか、などを短い間に把握していく。
家や人々を守るために、不本意であっても何をしなければいけないのか、そして時代の先を見据えるような幼馴染との再度の出会いなどを絡めて、少年の終わりから青年に変わっていかざるを得ない主人公の苦悩や使命感に、読者は引っ張られていく。
下垣内邦雄は、東京美術学校の発足時から教授として加わり、帝室博物館(現在の東京国立博物館)でも要職に就くなどした実在の人物のようだ。その邦雄が、どのようにして美術と関わり、時代に翻弄されながらも生きてきた様子は、著者の抑制されつつもコントラストのはっきりした筆致に
2026.3.28(M)






