町の人口がまだ二万近くあった頃、町の市街地に四軒の銭湯があった。それが高度成長期を経た今は人口一万二千、銭湯はただの一軒。家々の新築改築が重なるたびに風呂が付くのは当たり前となってしまった。どこの家にもあるとなれば、逆にそれが次第につまらなくなる。町中の誰もが顔見知りであるような銭湯の、あの交歓風景が失くなってしまったのである。
近年田舎の自治体は、町の色彩(いろどり)に“道の駅”という地域の土産物を売る店舗を造るようになった。多分現在は全国どこの町村にもあると思うが、各々が個性的に拡張を続けていて、レストラン、ホテルはもとより、テニスコートやサッカー場まで併設している所もある。こうなると、もうリゾート施設と言っていい。そして、これらに必ず添えられるのが銭湯である。
公共浴場という名前になって、温泉ほどではないにしろ、サウナ、水風呂を備え、浴場が四、五槽とある立派な造りで、流石にもう銭湯とは呼べない施設になっている。計画者が銭湯のあの交歓風景が忘れられなかったのか、やっぱり風呂にはあの情景が必要だとなったのだろう。
気づいたことだが“セントウ、それなんですか?”と訊かれることがときどきあったこと。時代は変わったのですね。しかし公共浴場にあの銭湯を求めて、僕は連日通っています。
高田則雄





