14世紀後半に32歳の若さで死去した最後のイングランド王・リチャード3世は、シェークスピア作品での残虐さや容姿、性格のせいで、一定の悪いイメージが定着している王である。そして、リチャード3世の埋葬場所は長い間不明とされていた。川に流されたという話もあったらしい。
この映画は、フィリッパ・ラングリーという女性が、そんな不遇でもある王に演劇鑑賞によって何らかのシンパシーを感じ、そして自分で埋葬場所を探し当て、チームとして発掘までしてしまうという、嘘みたいな実話をもとにした映画である。
シェークスピアの劇「リチャード3世」を観たフィリッパは、その物語にあちこち違和感を感じてリチャード3世について調べ始める。もともと、何かにハマると追求するタイプの人のようだ。そして、過去の研究や記録、リチャード3世の名誉を回復する目的の市民サークルへの参加などを通じ、説明の付かない穴だと感じられることを詰めながら新しいリチャード3世のイメージを自分の中に構築していくのだった。そんな中、埋葬場所がはっきりしていないことに疑問を持ち、独自の観点から埋葬場所を調査する。そして、長い間に建物が変わっていっても教会の跡地は空き地である場合が多いという事実を知り、パズルのピースをはめていくように、ぴったりの場所を特定するのだった。
フィリッパは専門家ではないので発掘作業に加わった考古学者に結果的に手柄を奪われる形になる。しかしフィリッパの功績は広く知られていき、英国王室からの勲章や、リチャード3世の名誉回復などにつながっていくのであった。
映画の中ではフィリッパがリチャード3世の幻と出会い、それがフィリッパの意欲の後押しにもなっていく。あの表現は、観る側にとってわかりやすく、リチャードの不名誉な立場や、埋葬された場所を特定してあげたいなと共感できた。
また、考古学者や彼を持ち上げて宣伝に使うレスター大学には嫌な気持ちになったのを付け加えておく。ただ、それに対してのフィリッパは功名心でなく、あくまでも興味と名誉回復のために調査を続けてきたという誇り高さがあって、これまた素敵な話であった。リチャード3世も成仏できたはずだ。(キリスト教の場合は、成仏とは言わないだろうが。)
2025.9.14(M)